日本人はなぜ戦争をしたか 昭和16年夏の敗戦

昭和20年夏ではなく昭和16年夏というのがこの本のミソです。将来重要なポストに就くであろう30代のエリートたちを軍官民から密かに集め、彼らで模擬内閣を作って戦争シミュレーションを行います。その名も『総力戦研究所』。今でいうシンクタンクのようなものです。そこで彼らは「日本必敗」の結論に辿り着きます。その日が昭和16年夏でした(開戦はその約3ヶ月後です。)。1980年代に猪瀬直樹氏がまとめた本です。
総力戦研究所では「机上演習」という形でシミュレーションを行い、窪田(模擬)内閣は与えられた状況からの脱却を図ります。このときの議論の内容が、石油や船舶の消費量などを正確に見通すなど、実際の戦時中の議論を超えています。具体的には、石油量そのものよりも仏印からの石油運搬が成り立たず石油不足を解決できないことや、終戦間近のソ連参戦まで予言しています。当たらなかったのは、真珠湾攻撃と原爆投下だけらしいです。当時の日本にこれだけの知能が存在していたこと、またそれをぶっちゃけれる環境があったことに驚きです。
もう一点面白いのが、当時の東條内閣の動きです。東條英機というと戦後は何かと悪魔のように言われますが(実際戦争責任はあると個人的には思いますが)、ここでは一人間として葛藤する東條を色眼鏡なしで描写しており、これがとても面白いです。窪田模擬内閣は一連のシミュレーション結果を、当時の近衛内閣の前で報告します。そしてそれに対し東條陸相があるコメントをするわけですが、そのときの狼狽ぶりに違和感に感じた模擬閣僚の秋葉が「これは実際の状況が演習結果とかなり近いのではないか」と予想するシーンなど燃えます。
この他にもいろいろと面白い話が沢山あります。当時こういう先進的な試みがあった一方で、誰もがそのお世話をせずに行き当たりばったりな点も、今の日本とそう変わらないなーと思えて興味深いところです。日本人は戦略というのがホントにない民族ですね。
というわけで、病床で読んだ本の書評その1でした。こういう系統の話に興味がある方は是非読んでみてください。とても面白いです。